東京地方裁判所 昭和28年(行)71号 判決
原告 山本操 外六名
被告 東京都渋谷特別区長
一、主 文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告らの連帯負担とする。
二、事 実
原告ら訴訟代理人は、「昭和二十八年八月三日の東京都渋谷区議会において行われた間接選挙に基く被告角谷輔清の東京都渋谷特別区長の選任は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、かつ被告の主張に対して、次のとおり述べた。
被告は、昭和二十八年八月三日東京都渋谷区議会において、都知事の同意のもとに、東京都渋谷特別区長に選任された。しかし右選任の根拠法たる昭和二十七年法律第三百六号地方自治法の一部を改正する法律第二百八十一条の二第一項は、その制定手続が憲法第九十五条に違反することによつて無効であるばかりでなく、実質的にも憲法第十一条、第十二条、第十四条、第十五条第三項、第九十二条、第九十三条第二項、第九十九条などの諸条規、特に第九十三条第二項に違反して無効である。従つて被告の間接選挙による渋谷特別区長の選任は、当然無効である。つぎにこれらの点を詳説する。
一、前記改正地方自治法第二百八十一条の二第一項は憲法第九十五条に違反する。各改正地方自治法は、憲法第九十五条にいわゆる「一の地方公共団体のみに適用される特別法」にあたると解すべきところ、右改正地方自治法の提案に際しては東京都の住民投票を経ていないのであるから、右法条制定手続上の形式的要件に欠缺があるのであつて、この点において、右法条は、憲法第九十五条に違反して、無効である。もつとも国会法第六十七条の規定によると、右住民投票は国会の議決後に行つていいことになつているが、右規定自体地方自治の本旨に反し、かつ憲法第九十五条に違反して、無効と解すべきである。
二、更に前記改正地方自治法は憲法第九十二条、第九十三条第二項に違反する。憲法第九十二条は地方自治に関する一般的な基本原則を明示して、地方自治権を尊重する主旨を宣言し、憲法第九十三条第二項は、前条の地方自治に関する基本原則に準拠して地方公共団体の組織を規定し、地方公共団体の長の直接公選制を明らかにしている。そして東京都の各特別区は、日本国憲法に従い(憲法第九十二条)自治の本旨に基いて地方自治法が定めた、基礎的地方公共団体にほかならない。従つて各特別区は、市に相当するものであり、市長に相当する特別区長が、憲法第九十三条第二項の定める如く、特別区民の直接選挙によつてのみ選任されねばならぬことはいうまでもない。殊に憲法第九十三条第二項は地方行政の民主化をはかるための重要な規定である。然るに前記改正地方自治法によつて、特別区長の直接公選制を廃して、これを間接選挙制に改めるが如きは、明らかに憲法の精神に反するものである。
三、また日本国憲法は、地方公共団体の組織及び運営に関する事項を立法事項としているが、(第九十二条)、同時に、その組織事項に属する地方公共団体の長の選挙については、これを法律に委任せず、住民の直接選挙によるべきことを明言し、(第九十三条第二項)、かつ一般に公務員の選挙について当該地方公共団体の住民の選挙権を保障し(憲法第十五条第三項)ている。従つて特別区長の間接選挙制は、特別区の憲法上の地方公共団体であることを忘れ、憲法の保障する特別区住民の選挙権を剥奪するもので、憲法違反であるといわねばならない。
四、以上述べたところによつて明らかな如く、前記改正地方自治法は東京都特別区民の基本的人権の享有を妨げ、右特別区民を他の地方公共団体の住民とは異なつた不平等な地位に置くものであつて、憲法第十一条、第十四条にも違反する。かように憲法を無視する前記改正地方自治法が、憲法第十二条、第九十九条の各法条に違反することは、いうまでもない。
このように東京都特別区長の直接選挙制を間接選挙制に改めることを目的とした地方自治法の改正条項は、日本国憲法の前記各条規に違反して無効であることが明らかであるから、渋谷区議会の間接選挙による被告の渋谷特別区長選任は当然無効である。
そして原告らは、渋谷特別区民であつて、当然渋谷特別区長選任の無効確認を求める法律上の利益を有するものである。
被告は、原告らの本件訴は、地方自治法第二百五十五条の二、同法第百十八条第五項によつて不適法であると主張するが、右条項は適憲な法律に基く選挙の効力を争う訴訟に関する規定であつて、前記改正地方自治法自体が違憲であることを理由に被告の公法上の身分関係の確認を求める本件訴には、前記条項の適用の余地はない。その他の被告の主張もすべて理由なきものである。(証拠省略)
被告訴訟代理人は、まず主文同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。
一、本件訴訟は地方自治法第二百五十五条の二、第百十八条第五項によつて不適法である。
原告らは、被告に対して、被告が東京都渋谷特別区議会において、渋谷特別区長に選任されたことの無効確認の判決を求めているが、同区議会が同法第二百八十一条の二に基き特別区長を選任したことに対して不服であるときは、同法第百十八条第五項により、選任された日である昭和二十八年八月三日から起算して二十一日以内の同年八月二十四日までに、同区議会を被告として訴を提起しなければならなかつた。
すなわち地方自治法第二百五十五条の二によれば、議会の選挙または決定に対しては、この法律すなわち地方自治法に定めた手続以外の方法では争うことはできないものとされ、同規定は同法施行令第二百十条の三により特別区の議会の選任の議決について準用されている。そして、特別区長の選任手続は地方自治法第二百八十一条の二に規定され、その異議については、同法施行令第二百九条の八第三項により同法第百十八条第五項が準用されているから、区議会の区長選任の無効については、選任のあつた日から二十一日以内に、区議会を被告として、訴訟を提起しなければならない。
然るに、原告は渋谷区議会を被告とせずに渋谷特別区長である角谷輔清を被告とし、昭和二十八年八月二十四日までに訴を提起せず、漸く同年九月一日になつて本件訴訟を提起したものであるから、原告らの本件訴は、被告とすべからざる者を被告とし、かつ出訴期間を徒過している点において、不適法である、いわねばならない。
二、原告らは、本件訴において無効確認を求める法律上の利益をもたない。
(イ) 確認訴訟を提起するには、権利保護の必要があることを要する。従つて、その判決の結果が原告の法律上の地位の不安定を除くに適当のものであることが必要である。然るに渋谷特別区長という地位は、原告らを含めて渋谷特別区住民全体に対する関係において存在するものであり、かりに原告らが勝訴しても、判決の実体的効力は当事者間にとどまるものである関係上、本件訴訟のみによつて、被告の特別区長たる地位を動かすことはできない。すなわち、原告らの本訴提起によつて、原告らの法律関係の不安定を除去する結果を期待することはできないのであるから、本件訴は権利保護の必要に欠けるものといわねばならない。
(ロ) また、地方自治法施行令第二百九条の十の規定によれば、同法第百十八条第五項以外の手続によつて訴を提起しても、被告から特別区長の地位を奪うことはできないのである。すなわち原告らの本件訴の提起によつて、被告の地位に変化または影響が生ずることはないのである。
三、更に、本件訴訟が行政法規の違法な適用を是正するために、公共的な立場から提起するいわゆる民衆訴訟の一種であるとするならば、民衆訴訟は特別の規定がある場合にのみ提起することができるのであつて、現行法規上、特別区長の選任就任に関して、このような特別の規定は存在しないのであるから、原告らの本件訴はやはり不適法である。
以上いずれにしても、原告らの本件訴は、不適法であつて、却下を免れない。
つぎに本案について、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、つぎのとおり答弁した。
原告らの主張事実中、被告が昭和二十八年八月三日東京都渋谷区区議会において都知事の同意のもとに東京都渋谷特別区長に選任されたことは認める。その他の原告らの主張事実はすべて争う。被告の主張は次のとおりである。
一、地方自治法にいう地方公共団体について。
地方自治法にいわゆる地方公共団体は、憲法の地方公共団体とその範囲を同じくするものでなく、前者の範囲は後者のそれよりも広いのである。すなわち、憲法にいう地方公共団体とは、普遍的、一般的な、それ自身完結した地方公共団体をいうのである。そして地方自治法上、憲法上の地方公共団体としての地位を与えられているのは、普通地方公共団体である府県市町村であり、地方自治法の特別区は憲法上の地方公共団体とはいえないのである。
二、特別区について。
地方自治法の特別区は、普遍的、一般的な、それ自身完結した独立の地方公共団体ではない。すなわち東京都においては、都は二十三特別区の存する地域を基礎として成立つ地方公共団体であるが、特別区はその内部的構成分子として存在するものにほかならない。このことは、左の諸点からも知ることができる。
(イ) 公職選挙法第二百六十六条ー公職選挙権の居住要件として三箇月以上特別区の存する区域内に居住することで足りるとしている。
(ロ) 地方税法第七百三十四条以下ー地方税法においては特別区に地方公共団体として本来有すべき課税権を認めていない。市町村税は都が課税することができることとしており、特別の場合にのみ特別区税を課することができるにすぎない。
(ハ) 地方財政平衡交付金法第二十一条ー都にあつては、市町村に対する交付金の算定について、特別区の存する区域を一市町村とみなしている。
(ニ) 警察法第五十一条、消防組織法第十六条ー特別区が連合してその区域内の警察、消防の責に任ずるものとしている。
すなわちこれらの法律は、特別区の存する区域を一体として取扱つているのであつて、特別区に対して市(町村)のような独立した性格を与えているのではなく、かえつて都に市(町村)の性格と府県の性格とを併用させて、特別区を都の内部機構としているのである。
三、改正地方自治法第二百八十一条の二は憲法第九十五条に違反しない。
原告は、前記改正地方自治法の制定手続は憲法第九十五条の規定に違反すると主張するけれども、これは全く理由のないことである。憲法第九十五条の「一の地方公共団体のみに適用される特別法」とは、一般の地方公共団体に適用される法律を前提とし、これと異なる規律を特定の地方公共団体について定める特別の法律のことをいう。従つてもし地方公共団体に種別が設けられているならば、同一種類に属する地方公共団体一般につき適用される法律に対し、そのうちのある特別の地方公共団体に適用される特別の規律を内容とする法律が、右の意味の特別法にあたるのである。ところで、前述のとおり、東京都は憲法上の地方公共団体であるが、特別区は都の構成分子として存在するものにほかならないから、特別区に関する地方自治法第二百八十一条の二の規定が、憲法第九十五条にいう「一つの地方公共団体のみに適用される特別法」にあたらないことは明らかである。
以上の理由により、前記改正地方自治法が右特別法にあたることを前提とする原告の議論はなんら根拠がなく、従つて右改正地方自治法の制定手続は憲法第九十五条に違反するものではない。
四、改正地方自治法第二百八十一条の二は憲法第九十三条第二項に違反しない。
地方自治法上の特別区の性格は、憲法上の地方公共団体の性格と異なるものであることは、前述したとおりである。従つて特別区長の直接選挙制を改めて間接選挙制とした地方自治法第二百八十一条の規定は、憲法第九十三条第二項に違反するものではない。
五、改正地方自治法第二百八十一条の二は憲法第十四条に違反しない。
地方自治法第二百八十一条の二により特別区長公選制が廃止されたからといつて、選挙権について憲法の平等の原則(憲法第十四条)が侵害されたとはいえない。なんとなれば、上述したとおり特別区は憲法上の公共団体ではなく、特別区長の公選制は、憲法上の要請ではないからである。また憲法にいわゆる平等の原則に違反することは、ある一定の地方公共団体の住民の間に、人種、信条、性別、社会的身分等による不平等な取扱が行われている場合に生ずることであつて、ある一定の地方公共団体の住民が、全体として、その地方公共団体の特殊な性格から、他の地方公共団体の住民と異なつた取扱を受ける場合に生ずるものではない。従つて改正地方自治法はなんら憲法第十四条に違反するものではない。
六、改正地方自治法第二百八十一条の二は憲法第十五条に違反しない。
憲法第十五条は、一般的に国民が公務員の選定及び罷免について窮極の権利を有することを定めたものであり、具体的に如何なる公務員が如何にして選定され、罷免されるかは、法律で定めることができるのである。すなわち同条第三項は、国民がすべての公務員を直接選挙により選定する権利を保障したものではない。従つて特別区長の間接選挙制をとる改正地方自治法が憲法第十五条に違反するとはいえないのである。
七、改正地方自治法第二百八十一条の二の規定が憲法第十一条、第十二条等に違反するものでないことは、更に論ずるまでもない。(証拠省略)
三、理 由
原告らの本件訴は、許されるべきか否か、以下この点について、当裁判所の判断を述べる。
まず、わが裁判所は、現行法制のもと、如何なる事項について裁判権を有するであろうか。
三権分立の原則を採用する日本国憲法において、憲法第七十六条が、裁判所に固有の権限として属せしめている司法権とは、当事者間に具体的な権利義務の紛争が存する場合に、法を適用実現して、紛争を解決する国家作用をいう、とすべきである。そして新憲法のもとにあつては、右の紛争は、具体的な法律的紛争である限り、公法上の事項たると私法上の事項たるとを問わず、その一切を含むものと解すべきである。裁判所法第三条が「裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し」といつているのは、かかるわが憲法上の司法権の意義を具体化し、かつ明確にしたものにほかならない。従つて、同条にいう「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務の紛争に関する訴訟、すなわち特定の者の具体的な権利義務そのものの法律的紛争に関する訴訟をいうのである。
かように、わが裁判所は、特に法律が裁判所の審判権を認めたものは例外として、特定の者の具体的な権利義務そのものの法律上の争訟についてのみ、裁判権を有するのであり、具体的な権利義務そのものでない、一般的な国民または住民としての抽象的な法律関係についてまでも、裁判権を有するものではない。
本件において、原告らは、被告が東京都渋谷区特別区長に選任され、これに就任したことによつて、具体的に自己の権利が侵害されたというのではなく、単に日本国民ないし渋谷特別区民としての立場で、改正地方自治法第二百八十一条の二第一項が違憲であることを理由に、右条規に基く被告の特別区長選任並びに就任が当然無効であり、被告は渋谷特別区長たる身分を有しない旨の公法上の身分関係確認を求めるものであることは、弁論の全趣旨から明らかである。
ところで、裁判所法第三条にいわゆる「法律上の争訟」とは、具体的な権利義務そのものに関する紛争が存する場合をいうことは、既に説明したとおりである。原告らが自己の権利義務そのものに関してでなく、単に一般的な日本国民または渋谷区民たる地位に関して提起した本件訴訟の如きは、同条にいう「法律上の争訟」には当らない、といわねばならない。たとえ、原告らが、渋谷区民として憲法上保障された特別区長の直接選挙権を剥奪されたものと主張するのであつても、本件訴は原告ら自身の具体的な権利義務そのものに関する訴訟には当らず、一般的かつ抽象的な権利義務の紛争に関する訴訟であるに過ぎないから、いわゆる「法律上の争訟」に含まれないことは、同じである(原告らが、他の区民とともにもつという、特別区長の直接選挙権の存否そのものを訴訟の対象とすることも許されないと考える)。
このようにみてくると、本件訴は、原告らが自己の権利の保護救済を求めるものではなく、単に一般国民または区民としての公共的な行政監督的立場から、日本国憲法に反する改正地方自治法規の適用を是正する目的を以て提起されたものであつて、性質上は、行政法規の違法な適用を是正するために、特に一般人民に出訴権を与えた、いわゆる民衆的訴訟と性格を同じくする訴訟である、と解するほかはない。
本件訴訟が民衆的訴訟の性格を有するものであるとすれば、かかる訴の提起は許されない。何となれば、民衆的訴訟は、いわゆる「法律上の争訟」には含まれず、具体的な権利義務に関する紛争の解決を任務とする司法固有の領域には属せず、従つて選挙その他の行政の公正を確保するために、特に法律を以て出訴を許すことにした場合と同じように、特に立法政策的に法律をもつて出訴を許した場合に限つて出訴が認められるとしなければならないにかかわらず、本件のような訴について出訴を許した法律はないからである。
もつとも、特別区の議会の特別区長選任の議決に不服がある場合の出訴については、地方自治法施行令第二百九条の八第三項、同法第百十八条第五項の特別規定がある。しかし、これは、その選任に加わつた者が、議会を相手取つて選任議決の効力を争うことができるとした規定である。一般人民が特別区長を相手取つて、地方自治法第二百八十一条の二第一項自体の違憲を理由として、その特別区長たる身分の存否を争う本件訴訟については、右規定をはなれて訴の許否を考えなければならない。
従つて原告らの本件訴は、法律上出訴を許されない不適法な訴であるといわなくてはならない。
要するに、原告らの本件訴は、具体的な法律関係についての紛争に関するものではない。またこの点について特に法律上出訴を許す旨の規定もない。いずれにせよ、かかる争訟について、わが裁判所は、裁判権を有しないから、本訴は不適法である。
よつて、その他の点について判断するまでもなく、原告らの本件訴は不適法としてこれを却下すべく、訴訟費用の負担について行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新村義広 入山実 粕谷俊治)